Polyhedron

フットボールと天鳳と、時々アンダーグラウンド。

天鳳チーム対抗戦

咲という麻雀アニメを僕は見たことが無いのだけれど
それに似た形式でチーム対抗戦をやるようだ。

柔道などの団体戦もこの形式だし、
2chでもこの形式の大会は何度かあったから
わりと馴染みがあるやり方なのだろうと思うし
基本的に個々の戦いである麻雀に
団体戦の要素が入ってくるのはやってみると面白い。

雑スレでもチームを出すのかなと思い
選抜戦をやるなら、と密かに(でもないけど)見ていたのだけれど
ギリギリまでかかった挙句立候補制になっていた。

雑スレ代表枠決定大会をやってチケットをもらって参加費に充てる、
こうなるもんだとばっかり思ってたんだけど。
なんなら僕が出してもって感じだった。

雑スレ代表になるなら選抜戦を勝ち上がってなる、というのが
僕のマイルールなので、今回は見送り。

雑スレくらいの規模があるなら
選抜戦からやった方が盛り上がるだろうし
今まではそうしていたはずなのだけれど
実際それをやるとなると仕切る人も大変だろうから
仕方の無いことなのかなとも思う。

ということで、仕切り役がなかなか出ず、さらに面子選びで揉めて
ようやく出ることになったなと安心して
柏レイソルの快勝の余韻に浸りながら寝たんだけど・・・

完全に僕が甘かった。

翌日スレを見たら
今度はチーム名で夜通し(というか今も)大揉めに揉めていた。
雑スレは揉めてナンボってことなのかもしれないけど
エントリーが完了した後までか(´д`)

まぁ口を出すような立場ではないし
せっかく強そうなメンバーになったのだから
まとまるといいなと思ってはいる。
出ることになったら応援してます。

とはいえ出場チームを眺めていると
鳳凰卓で良く見かける面子で固めた強そうなチームもあるし
競技プロのチームもあったりする。

ということで、全てのチームを知っているわけではないけれど
注目チームをいくつか挙げてみる。
優勝チームもこの中から出るんじゃないかと個人的には予想。

「協会鳳凰民チーム」

プロ麻雀協会の競技プロ、なおかつ天鳳で鳳凰卓まで上がってきた面子を揃えてきた。
鳳凰卓まで上がってくるというのは実力ももちろん必要なんだけど
時間的な条件もクリアしないといけない。

ネット麻雀を軽視しているプロはまずそこまではやり込まないだろうから
そういう意味では新時代のプロ像と言っていいかもしれない。

大将はやらかしてもやらかさなくてもおいしいという立ち位置でいいねw

「チーム東風荘」

ネット麻雀の老舗東風荘時代からネット麻雀の強豪としてプレーする面々。
天鳳でももちろん高段位に登りつめたプレーヤーばかり。

数多く打った長期成績という観点で言えば
信頼できる実力の持ち主ばかりなんじゃないだろうか。

「六人の野武士」

ここもプロ、元プロを含めて
かなりの実力者を揃えてきたように思う。
条件つきの戦いになるであろう副将、大将に
十段経験者を持ってきたあたり本気で勝ちに来てるはず。

「喚ばれし悪魔たち」

公表しているのかどうか判らないけれど
ここも競技プロばかりで固めてきた。

先鋒と副将の二人には
かつて通った雀荘でずいぶんやられた記憶がある。
その忌々しい記憶も含めて、密かに優勝候補かと思っている。

「ビリー軍団」

大将、副将に強いプレーヤーを持ってくるのは当然、先鋒から一気に差をつける、
と言わんばかりに東風の強豪を揃えてきた。
得点配分に傾斜があるわけではないから目論見どおり先行できれば突っ走りそう。

不安材料があるとすればあの位置だけれど・・・

「たわわに超強王国」

たぶんどこかの麻雀スレの代表チーム。
2chの大会で何度も見たことのある面子が集まっているし
結構いい成績だったような記憶がある。

この方式の戦いに一番慣れているんじゃないだろうか。

「暇人集会所」

プレーヤーとしては全く知らないんだけど
面子が何となく面白かったのでピックアップ。

(*´ω`*)q
(*´ω`*)ノ
(*´ω`*)ミ
(*´ω`*)凸
(*´ω`*)v
(*´ω`*)w

紛らわしすぎるw

全部で50チームくらいあるし
全部のチームを知っているわけでもないから
一つ一つ紹介していくわけにもいかないけれど
出場される皆さん、頑張って下さい。



出もしないのにこんなの書いて
こっそりトトカルチョでもやってんじゃねーだろうなって人はクリック!

胸突き八丁

段位ポイントが3000を超えた。

昇段は3600ptだからもう一息というところだけれど
超えたところで一進一退になっていて
どうしても日和見したり逆に焦ったりしてしまう。

九→十でさえこうなのだから
やはりその上に到達した人っていうのはすごい重圧だったんだろうなと
つくづく思わされる。

八→九はそうでもない。
上り坂というのは一旦登ったことのあるものとそうでないものは
雲泥の差がある。

一度登ってしまえば傾斜や長さがわかる。
経験というのはやはりかなり大きいものなんだなという気はする。

名人戦の予選があるということで東南戦を打っているのだけれど
トップで90、二着で45ptずつしっかり貯めていくしかない。

雑スレでも観戦している人がちらほらいるようで
ラスを引くと飯ウマされたり残念がったりしてくれる。

「ラスざまあああああ」みたいなことを言われても
ざすがにもう気にならないくらいにはなったけれど
それでも激励してくれる書き込みがあると
心温まる気持ちにはなる。

同じ人なのか別の人なのか
匿名掲示板だからもちろん分からないけれど
応援してくれる名無し君、いつもありがとう。

もう少し。頑張ります。


激励とか甘え、煽り騙りこそ2chの華だろうが!って人はクリック!

まれによくある

もろたでえ!
これが十段を目指す男の確変や!!


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親の追いかけなんぞ怖くない(キリッ


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あ、あれ?
4p切ってるのに3枚目の1pでロン・・だと?


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(´;ω;`)ブワッ

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ざまあああああって人はクリック!

沈黙は金

人は誰でも誰かと関わって生きている。
それはもちろん言うまでも無い事実だ。

そして同時に、その関わり方に
濃淡があるのも言うまでも無い事実だ。

肉親や親友、恋人といった「近い人達」から
単なる顔見知り、仕事のつながりといった「少し遠い人達」、
さらには縁もゆかりも無い全くの赤の他人に至るまで
人の関わり方には実に多くのグラデーションがある。

ところでここに一つの命題がある。

「勝負の場において、その人間関係のあり方は
どこまで勝負に持ち込んでいいものなのか」

という命題だ。

とある勝負で、自分が日ごろ深く関わっている相手と
勝負しなければいけない局面に出くわす。

そしてその勝敗の結果に自分はあまり大きな利益不利益は無いけれど
相手にはとても大きな利益や不利益が生じるとする。

自分は負けても殆ど失うものはないけれど
相手は勝てば大きな利益があったりする場合だ。

そんな時に、その相手に勝ちを譲ることは、
勝たせるように協力、アシストをすることは許されるのだろうか。

あるいは足を引っ張らないように、邪魔をしないように
自分の戦い方に手心を加えることはどうだろうか。

勝負の場で考えるべきことは、自分の利益だけであるべきだ、
もちろんその通りだろう。
僕もそう思っている。

ではその利益の範囲は?

そこで相手に勝ちを譲っておけば
自分が逆の立場になった時に協力してもらえるかもしれない。
邪魔をしないように手加減してくれるかもしれない。
それは長い目で見れば、自分の利益だと言えるだろう。

そうやって互助会的なものが自然と発生する。

何となくであっても、相手が手加減をしてくれたと感じた時に
人はそれを「借り」だと感じやすい。

(この間この人に助けて(邪魔しないで)もらったから、
今度は助けて(邪魔しないで)あげよう)

そんな心理だ。
もちろん個人的な好き嫌いの感情もあるだろう。

(こいつには頑張って欲しいから
選べるものならこいつが勝つようにしてやりたい)

同じ組織に属する相手、
普段親しくする相手、
そういった相手にはそうでない対戦相手よりも甘くなるとして
それは非難されるべきことなのだろうか。

おそらく、それが進んでいけば
心理的な「借り」だけではなく
「貸し」になっていくだろう。

(この間助けてやったんだから今度はお前が助けてくれよ)

こうなっていくのがむしろ自然なことなのかもしれない。

それでも、僕はこういうのが嫌いだ。
相手との関わり方の濃淡で、勝負事に対する姿勢を変えたくない、
ずっとそう思っている。

もしそういうことを許容していくとすると
顔の広い人間、馴れ合いの多い人間が圧倒的に有利になる。
僕が考える麻雀の実力には含まれていない
「政治力」「コミュニケーション能力」が含まれてくるようになる。

そういうのは好きではないから
僕は自分の損得勘定をする時には
その一戦だけに限定して考える。

僕が誰かにアシストをする時は
アシストをすることがその一戦における自分の利益に直結する時だけだ。
以前アシストしてもらったからといって
必要の無いアシストはしないし考えない。

アシストしてくれた相手がラス目の親なら
容赦なく蹴りに行く。
アシストしてくれない相手でも差し込めば自分がトップで終局するなら
全力で差込に行く。

好き嫌いの感情は挟まない。

でもそれは僕の価値観だ。
僕はそうする方が純粋に楽しめるからそうするけれど
人にそれを強制することは出来ない。

一戦毎に限定するのは僕が自分の価値観に沿って決めた線引きであり
それを拡大して考えることを否定できるだけの論拠は僕には無い。

そういった互助会的なものを作り上げることが
長い目で見て成績の向上、自分の利益につながるのなら
協力してくれた人には協力するし
してくれなかった人にはしてあげない、
それだけでなく、甘く打つ、厳しく打つ、
そういう線の引き方を自分はする、と言われれば
鼻白む思いはするにしても、それを否定することはできないかもしれない。

何も最初から協力し合おうと言っているわけではないのだ。
(もし最初からコンビを組むのなら、それはもちろん不正行為だ)

自分が損得から離れた状況にいて、
協力してあげたい相手が損得に深く関わっている時、
そんな時には、彼の競争相手に不利益になるように打つわけだけれど
差込が出来る状況下でも競争相手にはしないといった局面などで
そのスタンスはより鮮明になるだろうか。

これを読んでいるあなたは
もしかしたらこう思っているかもしれない。

またプロ麻雀連盟の話か?

そうではない。
もちろん相撲協会の話でも無い。

そう、天鳳でも似たようなことはあるのだ。

麻雀の世界の大手競技団体で普通に行われ
ネット麻雀大手においても

「あの人に昇段して欲しいから」
「この間邪魔をしないで貰ったから」

といった理由でアシストをしたり
差込を出来る状況なのに傍観しているだけなのを見て
僕はふと、どちらが正しいのかと迷う。

「Twitterで絡みがあるから」

なんていう理由までも公言するということは
それほど悪いことだとは思っていないのだろうから。

プレーヤーの内心の領域はルールでは縛れない。
これを規制することはたぶん誰にもできない。

それは分かっている。
黙っていれば良かったのだろう。

だいたい人のことをとやかく言えるほど
立派な人生を送ってきたわけでもないのだから。

ただ、趣味の世界くらいは純粋に楽しもうとする人間でありたい、
そう思ってはいたのだけれど。



オカルトを考える

九段に上がってからも好調は続いているようで
瞬間最大Rも2300を超えた。

Rなんて飾りですよエライ人にはそれがわからんのです、
とまではいかないまでも
Rは直近の調子の良し悪しを見る指標に過ぎないとは思っているのだけれど
それでもランキングの上に自分の名前が載っているのを見るのはいい気分ではある。

もちろんこれは運がいいだけだ。
怖くないお運だけ乙と言われてもまぁ仕方があるまい。

成績の振れ幅を大きくする、という意識の下で
少し打ち方を変えた部分はあるにせよ
それが原因で勝っているわけではなくて
勝っていること自体はただの運に過ぎない。

運がいいときにたくさん勝てるようにしている「つもり」でいるだけだ。

問題はこの好調の波が終わったときだ。

リーチをかければ高い確率でツモれて
仕掛ければ急所を食い取ってしまう。
ラス目に落ちても逆転の手が入る。

こんないい状態はいつまでもは続かない。
いつか不調の波がやってきて
そしてまたいつか好調の波がやってくる。
これも一つの塞翁が馬だ。

とはいえ、振れ幅を大きくと言っても
できれば下方面にはあまり大きく振りたくはないわけで
そこで一つのテーマが発生する。

不調の時、あるいは不調だと感じた時に
打ち方を変えるべきか、というテーマだ。

同じようにリーチをかけたり仕掛けたり、
同じような押し引きで打っていれば
それはおそらく調子の波そのままに成績も上下する。

調子が悪い、ついてないと思ったら
そういった基準を変えてみるのは可能なのだろうか。

そしていつか
調子がいいと感じたら
またそれを変えることは可能なのだろうか。

そう。

要するにこれがオカルトの生まれる原因なのだ。

自分なりの経験則や感覚で
運の良し悪しを判断し基準に取り入れようとすると
それは必然的にオカルトになる。

具合の悪いことに、僕らのようなキャリアの長い雀士は
そういう経験だけはたくさんしているわけだ。

仮に自分なりにそれを判断し変えてみて
それが上手くいったところで
それは実力を何一つ証明していない。

体系化もできなければ立証も出来ない
ただの結果論に過ぎないからだ。

常にそれで上手くいく、
あるいは不確定な未来を確率以上の精度で当てることができる、
そうで無い限り戦術としては使い物にはならない。

「この場面ではABCの3つが打牌候補に挙げられるけれど
好調の時期はA、不調の時期はB、どちらとも言えない時はCを選ぶべき。
今は〜〜という理由で不調の時期から好調期に入ったと判断できるからAを選択」

こう言って検証可能な結果を伴わせないと意味が無いし
それを出来ている人を僕は見たことが無い。

「運」「流れ」という曖昧模糊とした言葉を
賢しらに使ってはいるだけで何の説明にもなっていない解説を
今まで僕は何度聞いただろうか。

おそらくは、運の良し悪しのような神の領域には踏み込んだりせずに
自分で作り上げた基準に従って
成績を上昇させ下降させるのが打ち手としての正しいあり方だ。

自分の基準の正しさ、優位性は長期の成績で示すしかないし
その過程で運が悪い時も必死でもがき苦しみながら同じ基準で打ち続けようとする、
その方が美しいとさえ、僕は個人的には思う。

それでも。

いつか調子が悪いなと実感した時に
そのアンタッチャブルな毒入りの果実に
手を出してしまいそうな自分がいる。

ああ、それにしても僕は何てゲームを。


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プロフィール

omoteura

Author:omoteura
天鳳で日夜遊ぶ柏レイソルサポーター。
ホームゲームはほぼ皆勤、アウェイもかなり行く。

天鳳の段位は現在九段。
サブは八段。
tenhou_prof_20100117.jpg

過去記事はテキストのみのものだけ拾得。
アングラ小説はリンクから。

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