Polyhedron

フットボールと天鳳と、時々アンダーグラウンド。

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The Outcasts 外伝~Strange incidents

仕事を整理しだして
各方面に連絡や挨拶をしていると
今後の話にどうしてもなってくる。

「辞めて何をするの?」
「何か計画があるの?」

あまり大々的には言うつもりもないのだけれど
仕事でつながりのある相手だから
年代も僕とそう離れてはいないわけで
どうしてもそのあたりの話は避けて通れない。

「田舎に引っ込んでひっそり暮らしますよ」

などと半ば冗談のように答えると

「それはうらやましいなぁ」
「自分もそんな生活がしたいもんですよ」

などとお世辞半分で返ってくる。
中には真顔になって

「どうしたらそんな余裕が生まれるんですか」

などと尋ねてくる人もいる。
もちろん、経済的な話で言うと
別にそれほど余裕があるわけではなくて
どうにかやっていけるかな、という程度に過ぎない。

それでも、この年齢で仕事のしがらみから解放されるのは
幸運だったと思わざるを得ない。

アングラの世界から足を洗って
自分で会社を興してどうにか口に糊してきたわけだけれど
最初から順風満帆だったわけではない。

むしろ危うく潰れてしまうところを
どうにか凌いできただけにすぎない。
その危機を凌げたのは僕の能力でもなんでもなく
他人の助けがあったからであり
その人と巡り会ったのはまさに幸運でしかない。

そう、本当にちょっとした幸運で
僕は救われてきたのだ。

成功談のようなものは僕には語れないけれど
僕が比較的珍しい人生を送ってきたのは確かだろうし
このことも書いておこうと思う。

これは創作でもなんでもなくて
単なる経験談でしかないのだけれど。

起業する、というと何やらすごいことのように聞こえるけれど
実際にはまったくそんなことはなくて
いつでも、誰でも会社は作ることができる。

費用だっていくらもかからない。
問題は、興した後にある。

毎年星の数ほどの会社が新しく生まれるけれど
10年後も残る会社は本当にごく一部だ。
統計はどうか知らないけれど、体感では10%以下なのではないかと思う。

資金繰りの狂いや見込み違いなど毎月のように発生するし
それを耐え抜くだけの資金的余裕は
中小企業にはそれほどはない。

別に銀行を悪く言うつもりはないけれど
銀行はそういう点では全く頼りにならない。

例えば2ヶ月後に満期になる手形があったとして
こちらの支払い期日が1ヶ月後に来てしまうとすると
債務超過ではなくても資金ショートを起こしてしまう。

それを避けるためにいわゆるつなぎ融資というものを使うのだけれど
これが本当になかなか貸してもらえない。
手形の割引をしてもらうことも可能だけれど
それは結構嫌がられる上にかなりの損失になる。

結局は自己資金に余裕がないとどうしようもない。
銀行は借りる必要のない相手に貸し
必要がある相手にはなかなか貸さないものなのだ。

僕はそれほど資金繰りを必要とする業種ではなかったけれど
それでもやはり苦労したことは何度もある。
悪意の有無に関わらず、債権が焦げることなど山ほどあるし
急に資金が必要になることだってたくさんある。

もちろん僕にもあった。
それはまさに青天の霹靂とも言うような形で
僕の身に降りかかってきたのだ。

ある休日の晩、携帯電話が鳴る。
見覚えのない、固定電話からの着信だ。
とはいえ名刺にも記載している番号だから
こちらとしては当然出る。

電話の相手は警察だった。

「えーと、有限会社○○の△△さん?
こちらXX署ですけどね、おたくの車が事故を起こしたんですよ。
運転手さんちょっと意識なくてね、確認取れない状況です」

完全にパニックに陥りながらも
詳しい話を聞く。

要するに、自分の会社の車を誰かが運転していて事故を起こし
運転していた人間は意識がない、ということだった。

誰か、というのは正確ではない。
持っていた免許証から名前は判明していたけれど
本人からは返事がないということだ。

それは社員として使っていた人間だということは
ほぼ確実だったのだけれど
車はほぼ全損、本人は胸を強く打って意識がない。
不幸中の幸いとも言えたのは
完全な自損事故であって被害者はいなかったということだけだった。

細かい法的な話は省くけれど
社員が社用車を休日に無断で使用した場合にも
対外的には会社には責任が生じる。
保険でカバーされるものもあればされないものもある。

何より、社員が重傷を負っているわけで
そちらも何とかしないといけない。
幸いにして一命は取り留めたのだけれど
事後処理には本当に苦労した。

仕事の面での穴埋めもそうだし
車が全損でなくなった以上、しばらくはリースやレンタカーで対応するとしても
いずれは新たに用意しないといけない。

減価償却も全く済んでいない状況で
さらにもう一台車を用意するのは
資金的には決して楽ではなかった。

原則としては事故を起こした本人に求償できるのだけれど
怪我も癒えていないうちからそんな話はできない。

要するにいきなり金策に走り回らないといけない状況になったわけだ。
具合の悪いことに、別の理由で取引先からの入金も遅れることになってしまった。
金は無いところからは取れないので、
少し待ってくれと言われたら待つしかない。
待たずに債権の保全ができるのはそれこそ担保を取っている銀行だけだ。

正直に言って、このダブルパンチはかなり堪えた。
そして僕は、新宿のサトコの店に行き
そんなこんなを愚痴った。

あまり愚痴を言うのは好きではないのだけれど
愚痴らないわけにはいかなかったのだ。

「俺どうしたらいいんですかね。
せっかく何とか軌道に乗りかけたところだったのに
これでぽしゃっちまうのかなぁ」

当時の僕はそこまで先のことを見て生きてはいなかったから
もう辞めてしまってもいいかなとさえ思っていた。
だから少し投げやりな物言いをしたのではないかと思う。

サトコは、少し考えてから
僕にこう言った。

「そういう気持ちになるのはわかるわよ。
あたしにもそういう時期や出来事あったもの。
オカマやってくのだって大変なんだから」

「サトコさんそれでどうしたんですか?」

「まぁあんたが信じるかはわからないけどね、
死にたくなるくらい悩んだ時にある人に見てもらったのよ。
あたしこの先どうしたらいいですかってね。
それで今があるようなもんよ」

「それってカウンセラーみたいなものですか?」

僕はそう尋ねた。

「カウンセラーではないわね。
その人はただ相手の未来を見るの」

「占いみたいなもの?」

僕は占いというものを基本的に信じていない。
当たるも八卦というやつで
どうとでも取れるようなことしか言わないからだ。

がしかし、彼女はきっぱりと断言した。

「大きく分類するなら占いに近いかしらね。
でも全然違う。
その辺の占い師みたいに、そんなどうとでも取れるようなことは言わないの。

あなたはこうなるから、こうしてるからってはっきり言ってくれるし
それは本当にそうなるの。
あんた知らないでしょうけどその世界ではもう完全にカリスマね。
かなり大きな会社の社長さんだって頼ってる人はたくさんいるから」

占いは信じない、と僕は今書いた。
けれど同時に、僕は信じるに足ると判断した相手の言うことは
それがどのようなものであれ、信じることにしている。

サトコがそう言うなら、それはそうなのだ。
彼女たちの人脈には時折驚くような大物がいることを知っていたのも
それに拍車をかけたのも事実だった。

「そんなすごい人がいるんですか。
俺も見てもらいたいくらいですよ」

僕がそう言うと、彼女は少し考えてからこう言った。

「あんたが本当に必要としてるなら紹介してあげる」

そして僕はそのSという人物に会ったのだ。

ある日、サトコに連れられて、僕はとあるラウンジに向かった。
Sは外見だけで言えばそんな「特別な力を持った」人間には見えない。
がしかし、やはり物言いや雰囲気には
こちらが気圧されるものがあるのも事実だった。

あちらに飛び、こちらに戻りする散漫な僕の話をひとしきり聞いてからSは言った。

「わかりました。
ではあなたのことを見させてもらいます。
何日かしたらこちらから連絡します」

サトコからあらかじめ聞いていた通り
その日には結果は言ってもらえない。
しかるべき時間としかるべき手順を費やして
それから改めて依頼者(僕のことだ)に話をする。

それがSの流儀だった。

数日後、Sから連絡が入り、僕は再び同じラウンジへ
今度は一人で向かった。
Sの指示通り、社員の写真を持って。

Sの前に座り、挨拶もそこそこに僕は切り出す。

「あの、それで見てもらえたんでしょうか?」

Sは頷きつつもそれには答えなかった。

「その前に社員さんの写真、見せてもらえますか」

僕は写真を取り出してSに渡す。
Sは一つ一つ眺めて、その中の1枚を指差してこう言った。

「ああ、この人だ。あのね、この人も来年事故する」

Sが指差した写真を見て僕は驚いた。
その写真に写っていた社員こそ、いつも車を使っている人間だったからだ。
僕が運転するか、その写真の社員が運転するか
あるいは今回既に事故を起こした者がするか。

それほど社員の数は多くないとは言え、
他の人間は事務や経理などを扱っていて車を使うことはまずなかった。

単なる山勘とは思えなかった。
そして何より、当時の僕は
もう一度事故に至った場合、どの意味においても立ち直れそうもなかった。

精神的にも資金的にも。

「それは避けられないんですか?」

僕は恐る恐る尋ねた。
避けられるものなら何としても避けたい。
自分のためにだけでなく、本人のためにもだ。

「避けられないことはないよ。
今商売止めてしまえば事故も何もない。
でも、商売を続けようと思うなら、ちょっと動かないといけない」

「動く?」

Sが言う動くということが何なのか、
その時には分かってはいなかったけれど
僕は言われたことをしようと既に思っていた。

「その前にね、ちょっと車出してくれる?」

Sに言われるまま、僕は車を用意し、
Sを乗せて走り出した。

Sの指示は、とにかく僕が走ったことのある道を走れということだった。

助手席で無言のままのS。
ラジオを付けようとした時にだけ、Sは首を振って拒否した。

「いや、音は立てないで」

そして僕は都内をひたすら走り続けた。
昭和通り、明治通り、靖国通り、246、第一京浜・・・
東京で走ったことのない道の方が僕は少ない。

日が暮れて、夜になってもまだ走った。

一度満タンにしたガソリンも尽きかけて、運転にも疲れてきた時、
僕らはある場所に通りがかった。

不忍通りのとある交差点だった。

「あ、ここだ」

不意にSがつぶやく。

「?」

「停めて」

Sに言われるがまま、僕は車を停める。
Sは車を降りて、路側帯を歩き出す。

そこは緩やかな谷のようになっていて、坂を下りきったところに信号がある。
道の両脇にはガードレールがあり、
建物の出入り口だけガードレールに切れ目が作られている。

信号から少し手前のガードレールの切れ目でSは立ち止まって言った。
その言葉を、僕は生涯忘れないだろう。
それはほとんどもう、戦慄に近い衝撃を僕に与えたのだ。

「ここであなた、昔事故起こしかけてるね」

その通りだった。

何年前のことだろうか。
まだ学生の当時のことだった。

僕は学校から帰る途中で、ずいぶん飛ばしていたと思う。
何に急いでいたのかは覚えていないけれど
焦っていたことだけは事実だった。

下り坂に差し掛かって、坂の下にある信号が目に入る。
歩行者信号がちょうど赤に変わるところだった。

(もうすぐ黄色になる・・でも急げば行けるだろう)

そう思って僕はブレーキではなくアクセルを踏んだ。

その瞬間、前を走る車が思いがけず停車した。
黄色になった瞬間で、普通であればそのまま行く車の方が多いだろう。
僕もそう予想して自分の車も行けると思ったのだ。

慌てて急ブレーキをかける。
けれどもともと下り坂を走っているのだ。
そうすぐには止まれるはずがない。

甲高い音を立ててタイヤが鳴る。

(止まれない!ぶつかる!!)

パニックに陥りかけながらも
僕はとっさにハンドルを左に切った。

追突するよりもガードレールに突っ込む方がましだと思ったのだ。

衝撃に備えて身を固める。
ところが来るはずの衝撃は来なかった。

そう、僕の車は、ちょうどガードレールが切れている部分に
斜めに突っ込んでいたのだ。

気づいた時、前方の車は、僕の車の真横に停まっていて
やがて信号が変わり、何事もなかったかのように走り去っていった。
僕だけがその場に残されて、しばらく僕は動くことはもちろん、
呼吸することさえできず、ほとんど放心したかのようにその場にいた。

その時のことを、僕は誰にも話したことはなかったのだけれど
実を言うと、そのショックはしばらく僕の中に残り、
僕は夢の中で、ブレーキをかけようとしているのに
車が停まってくれないという悪夢を何度も味わっていた。

「・・・はい。事故りかけたことあります」

僕がそう答えるとSは頷いて

「そうだろうね。ここがあなたにとって清めないといけない場所。
それからあなたの周りに何かがある。
それも何とかしないといけない」

そう言った。

そしてSは後日、僕の家に来て
それこそ隅から隅まで見て回り、
物置の奥からガラスだか水晶だかの置物を見つけて
押入れの中から、得体の知れない革細工のキーホルダーを見つけた。

Sはただそれを「処分しないといけない物」とだけ言った。
僕もそれ以上のことは訊かなかった。

Sが言うには、世界には「しかるべき場所」がいくつかあって
そのうちのどこかでこれを処分しないといけないとのことだった。
日本にもあるし、外国にもいくつもあるけれど
そのうちのどこかはもちろんその物ごとに違う。

そこに行く費用はもちろん僕が負担した。
決して安い費用ではなかったけれど
僕は仲が良いとは言えなかった両親に頭を下げてそれを工面した。

不忍通りのその交差点は
僕がSの指示に沿って
とある滝に行ってポリタンクいくつかに水を汲んで、その水を巻いて清めた。

奇しくも、ではないのだろう。
その滝は珍名に分類される僕の苗字と、同じ名前の滝だった。

山奥の訪れる人もほとんどいないような滝に
僕はあちこち蚊に食われながら登り
ポリタンクに満タンの水、つまり20kgの荷物を担いで山を5往復ほどしてきた。

翌年、事故は起きなかった。
そして僕は何とか会社を建て直し、
どうにか今日まで凌いでこれた。

誰にもその話はしなかった。
したところでどうせ信じてはもらえないだろうから。

ただ一人、サトコにだけは顛末を報告した。
彼女は深く頷きながら僕の話を聞いて
最後にこう言った。

「アンタがね、信じたからなのよ。
証拠も何もない話を信じるのは大変。
”もうひとつの未来”はあたしたちには分からないけど
あの人が損得で動いているわけじゃないことくらいは分かるわよね。
それを信じられるかどうかなのよ」

経営やビジネスが合理的な理屈だけで動いていると考える人にとっては
僕の行動は愚か以外の何でもないだろう。

けれど実際にはそういった”説明のできない何か”を信じて動く人は多いし
それはどんな大きな企業の長であっても同じなのだ。

それからも僕は時々Sに会った。
もう何かを変えようとかいう願いはなかったのだけれど
Sが不思議と僕を気に入り、僕にどうしているか連絡してきたのだ。

「何も言わないってことは大きな問題はないってことだから」

そんな風に言われて僕はやはり安心できた。

実際にSと会っている時に、
何度かTVで見るようなとんでもない大物
(・・IT業界、芸能界が多かった)と偶然出くわして
その大物がSに平身低頭せんばかりの挨拶をしているのを見て
この人がなぜ僕に構ってくれたのか不思議でさえあった。

彼らは多額の謝礼を出してでも
Sの「言葉」を聴きたがっていたからだ。

「そんなのほっとけばいい。
見る見ないはこちらが決めるんだから。
もし誰か本当に困っていたり必要としている人がいたら連れてくればいい。
見てもいいと思ったら見てあげるから」

Sは笑いながらそう言うだけで
僕にその疑問の答えは教えてくれなかった。

とはいえ僕は、他の誰かをSに紹介したことはない。
ほとんどの人にとってそれは荒唐無稽の与太話に近いもので
真面目に話せば狂人かと思われかねない。
信じてもらおうとも思わないからそれは構わないのだけれど。

ただ自分がこうしてアングラの世界を抜け、今まで何とか生きてこられて
この先も何とかやっていけそうだということに感謝はしているし
誰か近しい人が本当に困っていたら紹介してもいいかなとは思っている。

だんだんと年齢を重ねるにつれて
選択の重みというのは増していく。
その時に信頼のおけるアドバイスがあるかないかだけで違うものだから。

そしてたぶん、それがサトコへの恩返しでもあるだろうから。


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The Outcasts 外伝~An unidentified woman vol.5~

僕が移って一ヶ月もしないうちに、その店が摘発されたのだ。

そしてそれだけでなく
その新しい責任者が、既に一度執行猶予付きの判決を受けていて
まだその猶予期間中であることが分かったのだ。

通常、カジノで摘発された場合
従業員は「賭博開帳図利(またはその幇助)」の罪に問われる。
刑法186条2項に規定されている刑で3月以上5年以下の懲役が法定刑だが
初犯の場合はほとんど執行猶予を何年か付けてもらえる。

(ちなみに客は常習賭博の罪に問われるが
これはだいたい罰金刑で済む)

風俗営業法の営業許可を取ろうが
パチンコの換金で行われている「三店方式」を使おうが
摘発を免れることはできない。

三店方式を取ることで違法性が阻却されるわけではないことくらいは
業界関係者であれば誰でも知っていることだし
そのリスクを承知の上で、やっていることでもある。

パチンコの問題を争点に挙げて最高裁まで争えば
もしかしたらまた別の見解が示されるかもしれないが
カジノ業界でそんなことを個人的にする人間は皆無だ。

初犯であれば数年程度の執行猶予がつくのに
それ以上の歳月と数千万に上るであろう裁判費用を費やしてまで
負けるであろう裁判を争うのは馬鹿らしいからだ。

だから摘発を受けて執行猶予をもらったら
その時点でカジノの世界からは足を洗うのが普通だ。

けれど、中にはそうそう捕まらないだろうとたかをくくるのか
あるいは他に稼ぐ当てがないからなのか
執行猶予中であるにも関わらず
またカジノの世界に戻ってきてしまう者がいる。

昔のように額に入れ墨を入れられることもないわけで
そんなことは本人が言わないと分からないから
捕まってみて初めて周囲は知ることになる。

その時も、その男をあまり知らない僕らは

「あいつ弁当持ち(執行猶予中のことだ)だったんだ・・・」

などと驚いていた。

頭を抱えたのは上層部だった。
良く確認しておけばと言っても後の祭りだ。

この手の商売には必ず店に名義人がいる。
摘発された時にはその人間が主犯ということで
金主まで累が及ばないようになっているし
名義人になる人間もそれを承知の上でなる。

そしてそれ以外に摘発の現場にいた黒服やディーラーは
その幇助という共犯になる。

主犯であっても初犯であれば執行猶予が付くことが確実だし
ましてそれが幇助であれば
起訴猶予で済むことさえ考えられる。

けれど執行猶予中ということになれば話は別だ。

執行猶予中の再犯は執行猶予が取り消されるわけで
ほぼ間違いなく「お勤め」になる。

それ自体は本人の責任だけれど
どうせお勤めなら、ということでべらべら謳われてしまえば
他の人間にも影響してくることになる。

だから、そういう気を起こさないように
何とかしてやるから、という姿勢は見せないといけない。

上層部は私選の弁護士を用意し
本人にもきちんと接見させた。

弁護士が現場の実情に疎いというのと
上層部が法律関係に疎いという両方があって
接見から弁護士が戻ってくると
僕もその場に呼ばれた。

話題は当然その執行猶予中の男の話になる。

弁護士が言うのは、状況は非常に厳しいが
何とか情状酌量の余地があるという方向で持っていかないといけないということで
本人に幼い子供がいることなどを主張してみようとのことだった。

「まぁでもねえ・・・小さな子供がいるなら
なんでさっさと足を洗わなかったんだと言われてしまえばそれまでだしね・・」

弁護士はそう言うと腕組みをしながら

「表彰を受けてるとか何かボランティアをしたとか寄付をしたとかあればね、
まだだいぶ情状面が違うんだけど・・」

とつぶやいた。

その時、僕の脳裏にあることが蘇った。

「ホームレスに弁当の差し入れをしていたとかは
そういう奉仕活動とか善行みたいなものに入りますか?」

そう、僕が思い出したのは
ついこの間まで僕が毎日のように
公園まで持っていっていたケツ弁のことだった。

「どういうこと?」

弁護士が尋ねてくる。
僕は店で注文して余っていた弁当を
少なくともつい先月まではホームレスに差し入れていたことを説明した。

「うん、それ押してみよう。
その公園にまだホームレスいるかな?」

僕は弁護士を連れてその公園に行き
僕が弁当を渡していた老婆を見つけた。
もちろん途中で弁当をいくつか買って、だ。

僕は老婆に近づき弁当を差し出しながら言った。

「おばちゃん、ちょっと話あるんだけどさ・・」

公園の植え込みの陰にビニールシートを敷き
そこにぼんやりと座っていた老婆は
のろのろと鈍い動作で僕を見上げた。

「とりあえずこれみんなで分けて食べてよ」

僕はそう言って弁当を渡すと、弁護士に後を託し、
少し離れたところで弁護士と老婆のやり取りを見ていた。

実を言うと、それ以降の詳しい話は僕は知らない。

おそらく弁護士はいくらかの金を老婆に握らせ
弁当を差し入れしてもらっていたことを証言させたのだろう。

要するに、こういうことだ。

「被告は金を稼ぎたいという短絡的な思考の元、
悪いことだとは知りながら賭博開帳の幇助を行っていた。
がしかし、良心の呵責もあって
ホームレスという社会的弱者に差し入れも行っていた。
このように社会貢献の意識もある被告には、更正の余地は十分ある」

住所不定、無職の人間の証言が
どれくらい有効なものとして扱われるかも僕には分からない。
あの老婆が証言したのか、
あるいは金で釣られた他の誰かが証言台に立ったのかも知らない。

がしかし、裁判においては
目に見えるものがあればそれは効果を持つ。

例えば、精神的苦痛に対してはその苦痛を金銭に換算して
示談という目に見える結果を出すことで情状面を酌量してもらえるし
警察や消防から表彰された経歴があれば
遵法精神や社会貢献の意識がある人間としてまた酌量される。

それがその人間の本質かどうかは関係ないのだ。

だから、執行猶予中の再犯であっても
実際にはまだ救いようがある、と主張することで
裁判官の心証を良くしようとしたわけだ。

もちろんそれだけでは足りないだろう。
今後の職や生活の基礎をどうしていくか、という点で
きちんとした見通しのようなものを見せる。

知り合いに面倒を見てもらう予定ということにして
その知り合いにもまた証言してもらう。

本人も反省して更正しようとしているし
自分が責任を持って監督指導していくから
どうか寛大な~

とやるわけだ。

とはいえ、僕は裁判の傍聴に行ったわけでもないから
実際にどういう主張をし、どういう流れで裁判が進んだのかも知らないし
訊こうとも思わなかった。

僕が知っているのは、
結果として、本人に「ダブル執行猶予」という
少し珍しい温情判決が下ったことだけだ。

程なくして、僕はその世界から足を洗った。

僕は、自分がいる世界が
自分の利益になるものを全て利用する世界で
自分がその世界で生きる住人だということも
もちろん理解していた。

ただ、なんとなく
そろそろ潮時なんじゃないかと
自分が、利用できるものを全て利用し尽す前に
そうせざるを得ない立場になる前に
幸運が続いている間に、離れておくべきだろうと
実を言うと、僕はそのとき感じたのだ。

時々思い返す。

あの老婆は、今どうしているんだろうかと。
食べるものを手に入れることは出来ているんだろうかと。



<初めから読む>

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The Outcasts 外伝~An unidentified woman vol.4~

そのホームレスは老人と言ってもいいくらいの
一際小柄な女性だった。

あまり他のホームレスとは交流がないのか、
その老女は独りでいることが多かったけれど
毎日弁当を配って回るのがだんだん面倒になったのもあって
僕は持っている弁当を、彼女にまとめて渡すようになった。

「これさ、みんなで分けて」

僕がそう言って弁当の袋を差し出すと
彼女も最初のうちは怪訝そうな顔をしたけれど
やがて同じように僕に礼や挨拶をするようになった。

僕が彼女を選んだのは
老女が独りで食べ物を手に入れて行くのは大変だろうというのもあったし
小柄な女性であれば、独り占めなどをすることもないだろうと踏んだのもあった。
弁当というのはそう日持ちのするものではないから
5つも溜め込んでいても食べきれるものではない。

実際のところ、それによって彼女がホームレスの世界の中で
どういう存在になっていったのかは僕には分からない。

僕はただ弁当を運んで立ち去るだけで
会話のようなことは全くしなかったし
渡した後振り返ることさえもしなかった。

けれど、僕が渡した弁当を
彼女が周囲のホームレスに配っていることははっきりしていた。

他のホームレスは相変わらず
僕が通りがかるたびに挨拶をしてきたし
彼女が周囲のホームレスの輪の中にいることも多くなっていたからだ。

彼らは、僕が何者で
どんな理由で弁当を持ってきているかには
まず関心が無かっただろう。

僕は何も尋ねられなかったし
僕も何も尋ねなかった。
精神的な交流などというものは皆無だった。

別の場所で顔を合わせても
彼らは僕に気付かないだろうし
僕も彼らに気付かないだろう。

仕事が終わった時刻に弁当を持ち公園に行って帰る、
その繰り返しは半年以上続いた。

僕は新店舗に移ることになり
上の人間がどこかから連れてきた代わりの責任者に引継ぎをした。
弁当のことも単なる食べ残しの問題だけではなく
一応セキュリティの一つとして引き継いだ。

新しい責任者がちゃんと行っていたのかは分からない。

大して会話をしたわけでは無いけれど
僕よりも幾つか年下の彼は
子供が生まれたばかりだと聞いたから
誰か下っ端に持っていかせていたのかもしれないし
あるいは面倒臭がってそのまま捨ててしまっていたかもしれない。

セキュリティという部分は
放置しても何もなければ問題にはならない。
何か事件があって初めてああしておけば良かったと思うだけだ。

だから、別の店に移った僕は
そこまで口を挟むつもりも無かったし
現実的にそんな暇も無かった。

僕にとってはもう過ぎたことだった。

ところが、その店の話は、思わぬ形でまた僕に関わってきた。


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The Outcasts 外伝~An unidentified woman vol.3~

毎日残される「ケツ弁」。

これを僕は、近くにある公園に屯するホームレスに
自分が帰る時に持っていって差し入れすることにしたのだ。

どうせ漁られるのならこちらから持っていってやれば
彼らだって手間が省けるだろうし
こちらとしても食べ物を捨てるという罰当たりな行為から
幾分なりとも逃れることが出来る。

少し遠回りにはなるけれど
僕は毎日仕事が終わってから
公園まで弁当を運ぶのを日課にするようになった。

最初のうちは少し戸惑った。

普段はホームレスばかりに見えていた公園も
いざ弁当を差し入れしようとして見てみると
そこには実に多様な人々がいた。

見るからにホームレスだと分かる人ばかりではないのだ。

ホームレスに近い格好に見えるけれど
ベンチで新聞を読んでいたりする者もいれば
自転車まで持っているのに
寝床はダンボールハウスという者もいる。

雨が降ると、どこかに行ってしまうのか
一気に数が減る。
行き場の無い数人が青いビニールシートをめいめいにかぶって
植え込みの中などに寝転がっている。

ホームレスではない人に食べ残りの弁当などを差し出して
乞食扱いするのかと、変な揉め事になっては困る。
明らかにそれと分かる者にだけ渡すために
公園の中をうろうろと徘徊するハメになったこともあった。

その辺にほうっておいても良かったのだろうけれど
何となくそれでは捨てているのと同じように思えたのだ。
それではあまり変わらないではないか。

弁当を必要としている者に、手渡しで渡すことで
僕は僕なりに一種の善行をしているつもりになっていたのだ。

とは言え、ホームレスも常に独りでいるわけではない。
彼らには彼らの社会があるしコミュニティのようなものもある。
数人でまとまって生活しているようにも見える。

おそらくそれはその通りのはずで
それぞれが探してきた食物などを分け合うこともあるだろう。
僕が見た限りでも、どこかで拾ってきた酒瓶で
ちょっとした酒盛りのようなことをやっていることもあった。

「これさ、余り物で悪いけど良かったら食べてよ」

初めて僕がそう言いながら弁当を差し出した日、
彼らの表情に最初に浮かんだのは戸惑いの色だった。

「はぁ・・どうも」

そんな鈍い反応を見せながら
彼らは弁当をおずおずと受け取った。

けれど、毎日持っていっているうちに
彼らは僕の行動を把握するようになった。

(こいつは本当に余り物を持ってきてくれてるんだ)

そういう認識が出来ていったのか
彼らはやがて僕に礼や挨拶をするようになった。

「いただきます」
「お疲れ様です」

彼らのその言葉は
ほんの少しだけ、僕を心地よくさせてくれた。
切った張ったの世界に生きていると
誰かに純粋に喜んでもらえることはそう多くないからだ。

そして、だんだんと公園内のホームレスの様子を把握して行くにつれて
僕はある一人のホームレスに目を留めた。


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<初めから読む>

The Outcasts 外伝~An unidentified woman vol.2~

カジノにはほとんど全ての場合において
「ケツ持ち」という存在がいる。
いわゆる「その筋」の連中だ。

店にその筋の人間が入ってくることを断るために
用心棒として一種の契約をしておく。
店に常駐はしないが、何かあったら駆けつけてくる。
これが彼らの「シノギ」になる。

大抵の場合は地元の組織になるのだけれど
歌舞伎町のような巨大繁華街には数多くの組織が入り込んでいて
そういう街ではオーナーサイドのつながりで決まる。

歌舞伎町にも地元の組織があるのだけれど
他の組織も「シノギ」はできる。
ただし地元の組織には話は通さないといけない。
これは関西方面の大手であっても同じであって
これを守らないと確実に揉める。

当時の僕がいた店も、もちろんケツ持ちはいた。
オーナーサイドが決めてきたところだったけれど
そこの人間がこんなことを言ってきたのだ。

「自分の舎弟が弁当屋をシノギでやっている。
ついてはおたくでも毎日何個か付き合いで注文して欲しい」

弁当屋がどれくらいのシノギになるのかは
明確な所はもちろん僕には分からないのだけれど
筋者が手を出すシノギには弁当屋がやけに多い。

誰でもできるというのと
思いの外、利益率がいいのかもしれない。

付き合いでもなんでも
毎日決まった個数が確実に注文されれば
食材のロス率というのは格段に減るからだ。

カジノ相手ということになれば
割高の価格設定で売ることが出来るので
ケツ持ちがこの手の弁当を持ち込むケースは非常に多く
業界では「ケツ持ちから買う弁当=ケツ弁」などという俗称まで存在している。

あるいは直接経営しないで
どこかの弁当屋に話をつけて
上乗せして持ってくるだけなのかもしれない。
いずれにしてもちょっとした小遣い稼ぎにはなるだろう。

ただし、味の方は保証できない。
というかはっきり言ってほとんどの場合、かなり不味い。

腐っているものなどはさすがに入ってはいないけれど
その辺のコンビニ弁当以下のものが倍以上の値段になるから
コストパフォーマンスとしては最低の部類だ。

もちろんこんなもの取りたくないのだけれど
こういう付き合いは上の方から持ってこられるので
断るに断れない。

このケツ弁を1日10個注文してくれ、というのを
何とか半分の5個に止めるのが精一杯の抵抗だった。

これで1日5000円、月に25日で12万強の経費増加だ。
客に出すのは論外だし、従業員も誰も手をつけないから
必然的に毎日残って捨てられるだけになる。

捨てると言っても、ゴミ捨て場に捨てれば済むわけではない。

ホームレスが漁るか、カラスや猫が食い散らかすからだ。
カジノから出るゴミは、一般的なゴミとは違って
使い捨てのカードが大量に入っている。

食い散らかされたゴミに混じって
ハートやスペードのマークがついたトランプが大量に散乱していれば
これは誰が見ても怪しいことこの上なくなる。

もちろん店の客入りの次第では忙しい時間帯はまちまちだから
ゴミの収集車が来る時間に合わせてゴミを出せるわけではない。

僕は頭を抱えた挙句
ようやく一つの解決方法を見つけた。


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Author:omoteura
天鳳で日夜遊ぶ柏レイソルサポーター。

天鳳(鳳凰卓東風戦)の段位は現在八段。

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