Polyhedron

フットボールと天鳳と、時々アンダーグラウンド。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

The Outcasts 31

それは、ある5月の土曜日の昼過ぎのことだった。

僕は待ち合わせの場所に向かう為に、電車に乗っていた。
5月にしては暑い日で、電車の中には半袖の人もいれば
上着を脱いで手に持っている人もいた。

目的地の改札は一番前の車両が近いことを僕は知っていたから
予め先頭の車両に乗り込んだ。
その方が効率もいいし、車内も空いている。

たかだか2,30分のことだから
立っているのは別に構わないけれど、
自分の周りのプライベートエリアは広い方がいい。
たとえそれが可変性であることを知っていたとしてもだ。

すぐ傍で、笑い声がする。
子供の、楽しそうな笑い声だ。
小さな声で歌を歌っているのもかすかに聞こえる。

線路は続くよ どこまでも・・・

声のする方を向くと、どこか行楽地へでかけるのであろう親子連れが
運転席の横の窓から、前方に伸びる線路を見ていた。
小学校低学年か、あるいはまだ幼稚園か。
懸命に背伸びをしながら進行方向の窓から前方を見ている。

前を見渡せるってどうしてあんなに楽しいんだろう・・

自分の少年時代を思い起こしながら、
僕はふと、そんなことを思う。

行く手には、ただ二本の線路が平行に伸びているだけの景色だ。
そして時々、対向列車とすれ違うだけだ。それも一瞬。
それなのに、列車の先頭車両から前方を見るのは
子供の頃はもちろん、大人になっても楽しかったりする。

やがて目的地へ着き、僕は列車を降りる。
日本有数のターミナル駅の自動改札は横にずらりと広がり
各地から到着した列車から降りた人々がひっきりなしに吐き出され、
それと同じくらいの人々が、吸い込まれていく。

改札を少し出た先・・10mほどの距離だろうか・・には、
JRの子会社の旅行会社のパンフレットを置くスペースがあって
そこで待ち合わせている人もかなり多い。

そこからなら、改札から出てくる人を見逃さないし
後ろにはパンフレットがあるから通行の邪魔にもならないからだ。

僕はそこに佇む人々を横目で眺めながら通り過ぎようとして
ある男に目を留めた。

男は、背丈は僕より少し小さいくらい、170の後半くらいだろう。
髪は短く刈り揃えられている。
大きく盛り上がった肩と、分厚い胸板を見ると
おそらく体重は僕より重いだろう。
ただし、鈍重な感じはまるでなく、普段から体を鍛えていることが良く分かる。

半袖の白いシャツの上に、アウトドア用のカーキ色のベストを着ている。
ポケットが沢山付いていて、背中がメッシュになっているような物だ。

そして男は、僕のことなどまるで視界に入らないかのように
じっと改札の方を見ている。

(でかいやつだな・・・)

そんなことを思いながら、僕は男の少し横まで歩みを進める。
そして、僕と男が2,3mほどの距離まで近づいた瞬間、
僕は、男の数m横にも似たような服装をした男がいることに気づいた。

色は違うけれど、やはりアウトドアベストをシャツの上から着ている。
二人が並んでいれば、当然連れだと誰もが思うはずだけれど
彼らはまるで知らない人間同士であるかのように少し離れて立っていた。
そして、二人とも改札の方をじっと見ていた。

すれ違いざまに、その目付きの鋭さに僕は気づき、
その瞬間、僕の体に電流が走る。
忘れかけていた感覚が、体の奥から蘇ってくる。
この感覚は間違いない。

そ知らぬ顔ですれ違いざまに、僕は一瞬だけ下に目を落とし
彼らの履いている靴を見た。
やはりそれは動きやすい運動靴だった。
逃走された場合に革靴だと追いかけにくいから
彼らは変装する場合を除いては、外での張り込みには運動靴を履く。

そう。彼らは私服刑事だ。

さらに僕は、彼らとすれ違ってしばらく歩いてから
もう一度振り返って、自動改札の両端にも目を向けた。
思った通り、そこには似たような雰囲気を纏った男たちが
二人一組で改札の方を向いて佇んでいた。

もちろん彼らは僕を捕らえるためにそこにいるわけではない。
彼らの見つけるべき対象は僕ではない別の人物だ。
ただし、彼らは間違いなく僕を観たはずだ。
頭に叩き込まれた対象者と違うことを確認する作業を瞬時に行ったはずだ。

一瞬も視線が合わなかったとしても、
彼らは改札から出てくる人間を見落とすことはない。

駅の外へ足早に向かいながら、僕は彼らの視線の鋭さを思い出す。
もう、ずいぶん昔のことなのに、その射抜くような視線は
僕の心に波を立て、僕は自分の鼓動が早くなったのを感じる。

そして僕は、その視線のもたらす居心地の悪さと共に
バスに乗り込むシミズの姿を思い起こした。

シミズは、一時期僕の下で働いていた黒服だった。
客あしらいの上手い男で、機転も利いた。
勤務態度も真面目だったし、博打場というものも良く理解していた。

だから初めてシミズの仕事ぶりをみてすぐに
この男は使える、そういう印象を僕は抱いた。

ある日、ちょっと難しい客が来店した。
金は持っているけれど、気が利かない者を嫌うタイプ。
黒服の受け答え一つで機嫌が良くも悪くもなるし
些細な受け答えにいちいち突っ込んでは不機嫌になるような客だ。

例え真面目だとしても、鈍かったり口の重い者は
そういったタイプの客には好まれない。
ひたすら粗相がないようにするのが精一杯で
機嫌よく遊ばせて(結果的に負けさせて)いくことは難しい。

「こないださぁ、六本木の○○で200万負けちまったからな
今日はがっつり勝たないとな」

入ってくるなり、その客がこんなことを言った。
黙って愛想笑いを浮かべているだけでは論外なのは言うまでもないが
答え方もなかなか難しい。

「はい。頑張って勝ってください」

こんな答えを返したとしても

「心にもないこと言いやがって。
どうせ負けていけばいいとか思ってるくせに」

などと突っ込まれるのが落ちだ。

「いやー、勘弁してください」

これはもちろん店の本音であり、
言い方によっては笑いが取れるだろう。
けれど、この客にそんなことを言ったなら、

「何だよ勘弁してくれって。俺に負けていけってのか」

などとなってしまうのは目に見えている。
そういうことを言って従業員が困惑するのを楽しむような部分さえある。

キャッシャーにいた僕が、急いでホールに出ようとした瞬間、
シミズがすかさず

「社長、江戸の敵は江戸でお願いしますよ~」

と返し、僕は思わず(ほう)と心の中でうなった。
負けは勝って取り返せと言いながらも、それはあくまで○○の店の話で
自分の店の収支には言及しないところが巧みなわけだ。
しかもただのお調子者と思われないだけの語彙も示せる。

言うまでもなく、アングラの世界ではこういうタイプは非常に少ないし貴重だ。
こういう人間を見つけたら、なるべくならしっかりと確保したい。
待遇を良くしてやり、しかるべきポストも与える。
そうすることで店が上手く回っていけばいいのだ。

だから僕も、頃合を見計らって
シミズの待遇を上げてやるつもりでいた。
ある程度の権限を与え、経費も使わせる。
そうすることで、シミズ自身が呼べる客が来るだろう。
結局それが店を潤すわけで、そうするのが当然でもある。

ところが実際には、僕はそうしなかった。

シミズにはそれをためらわせる一面があったのだ。
それが分かるまで、そう時間はかからなかった。

シミズの待遇を上げようと思い始めてから
僕はシミズの働く時間帯の責任者やディーラー、
更にはシミズが以前働いていた店にいた共通の知人に
シミズの評判をそれとなく訊いて回った。

上の人間がいる場とそうでない場で態度がまるで違うことなどざらにあるし
新しく入った店で猫をかぶっているだけのことも良くある。
自分の目を信じるしかない商売だけれど
自分の目だけを当てにすると失敗も多い。
人間の本性はそう簡単に分かるものではない。

ディーラーの評判は概ね良かった。
ディーラーの使い方、接し方、あるいは出勤管理のしかたなど
好意的に捉えている者が多かった。
少なくとも、横柄でもなければ怠慢でもなかった。

責任者の見方も、仕事に関しては似ていた。

「使えるとは思います」

僕がシミズについて尋ねると、責任者はそう答えた。

「何か他にあるのか?」

僕は重ねて尋ねた。
表現に少し含みがあるような気がしたからだ。

「そうですね・・・少し金に辛いような気がします。
待遇のいいとこいいとこを渡り歩いてきたみたいですし
うちよりもいい待遇の店があればさっさと移るでしょうね。
義理とか忠誠心とかはあんまり無いように思います」

そして、シミズが以前働いていた店にいる知人は
僕が電話をかけてシミズについて尋ねるとこう言った。

「良くも悪くも金にはキッチリしてるよ。
誤魔化したりはしないけれど、金にはうるさい。
店閉めてる時の補償のことでうちの上と揉めて辞めてったしね」

この世界では、時々何らかの理由で
(主に摘発逃れのためにだが)
店を臨時休業することがある。

数日間のことであれば、月給制の黒服は
そのまま月給分が支給されるのだけれど
それが長期になったりする場合に全額出ることは逆に稀だ。

ある時点で区切ってしまって
それ以降は半額支給などになってしまい
それに不満な者は辞めていい、というスタンスを採る店が多い。
店の売り上げが0なのに人件費を払うのは経営的に厳しいからだ。
もちろん、代わりなど幾らでもいるであろうという魂胆もある。

その代わり、働いている側も忠誠心や帰属意識など持たずに
さっさと見切りを付けていくのが普通の感覚になる。
完全に金でだけつながったドライな関係を作っているのだ。

お互いそういうところでは納得づくで働いているわけなのだけれど
時々、その知人の言うような揉め事も起きる。
一円でも多くもらいたい人間と払いたくない人間がぶつかるわけだ。

おそらく、シミズは閉めている間の給料の支給額について不満を持ち
それで経営者側と衝突したのだろう。

あまり好ましいことではないけれど
ある意味当然のことでもあるから
僕は軽く相槌を打ちながら話を切り上げようとした。

ところが、その知人は最後にこんなことを言ったのだ。

電話を切ろうとした僕に、
知人は、ふと思い出したかのように言った。

「そうそう、あいつすげぇ寒がりだから気をつけてね。
多分それで揉めることもあると思うよ」

寒がり、というのはもちろん気温とか冷え性とかそういうことではない。
摘発などに非常に敏感、悪く言えば怖がりという意味だ。

もちろん誰だって摘発を望むはずは無いわけだから
その心理はみな共通はしている。
がしかし、だからといってそれをあまりに露にするのは百害あって一利なしだ。

特に、上の立場の人間がそれをやってしまえば
下に付く人間は動揺するに決まっている。
言ってみればここは戦場なのだ。
弾丸を怖がってびくびくしている将校に誰が着いていくだろうか。

所詮は切った張ったの世界であり、いつ踏み込まれても不思議は無い。
それを覚悟して働けないなら、安全な仕事を探した方がいい。

僕はその言葉を聞いて、シミズを抜擢するのは
もう少し様子を見てからにしようと決めた。
覚悟の無い人間を登用しても仕方が無い。

この街でこの商売をやっていれば
覚悟の有無を明らかにする機会は幾らでもある。
それをじっと観察するつもりだった。

そしてその機会は、思ったよりも早く訪れた。

歌舞伎町には、多ければ10軒以上の、少ない時期でも5,6軒のカジノがある。
流行っている店もあれば、閑古鳥が鳴く店もあるし
摘発を受ける店も中にはある。

それぞれの店で、摘発対策の情報取りなどはしているはずだけれど
結局のところ、100%の情報などまず無いし
どれだけ気を使っていてもやられる時はやられる。

「今月あたりは寒いらしい」
「○○が狙われているらしい」
「いや、▲▲に内偵が入ってるらしい」

そんな噂が飛び交うことも多い。
当たっていることもままあるけれど、たいていはただの噂だ。

というか、過去数ヶ月に摘発が無ければ、
その後数ヶ月以内に摘発が行われる可能性は高まっているし
もともと多くても10数軒の店しかないのだから
そのうち古い方の店を挙げれば、新しい店よりも摘発の可能性は高い。

占いみたいなもので、何でも信じていては始まらない。
競合他店がわざとそういう噂を流しているケースだって少なくないのだ。

そんな折、僕が仕切る店が危ないという噂が出始めた。
僕の知る限り、そういう情報は入ってはいなかったけれど
それが本当の話でも不思議は無い。

いや、正確に言うならば、おそらくそれは本当の情報ではないけれど
結果的に的中したとしても不思議は無い、ということだ。

当時の店は、その時点で既に2年近く営業していて
歌舞伎町の中でも比較的古い部類に入っていた。
であれば、なおさらのこと、突然X-DAYが来てもおかしくは無い。

街中に流れるくらいの情報であれば
それは当然、僕が持つ情報筋からも入ってくるはずだ。
それが入ってこないということは、情報自体の信憑性は低い、
気持ちの良いものではないけれど、僕はそう判断していた。

ところが、ある日のミーティングで
シミズが猛然と休業を主張し始めた。

シミズの主張はこうだった。

「これだけ噂になっているのだから
しばらく店を閉めて様子を見た方がいい。
寒い思いをするのは現場で働くこっちなんだから
そんな精神状態じゃ落ち着いて仕事も出来ないし数字も上がらない」

もちろん、僕はそれを却下した。

店を開ける、閉めるという権限はオーナーだけでなく
僕にも持たせてはもらっている。

けれど、それは自分なりの情報筋を持ち、
そこからの情報を元に判断していくものであって
周囲の店舗が全て閉めているといった緊急事態で無い限り
噂だけでいちいち閉めていては商売にならないからだ。

僕がそう言うと、シミズは不服そうに

「そんなんじゃこっちは安心して働けないですよ」

などと言う。

ああ、やっぱりこいつは覚悟の無い奴なんだ、

僕はそう判断せざるを得なかったし、そういう気質の人間に対して
苛立ちのようなものを感じざるを得なかった。
だから、僕は、少し強い口調で

「いや、この商売、安心して働ける日なんかないから。
それが嫌なら業界上がるしかないぜ」

そんなことを言った。
シミズは不服そうだったけれど、
その場はそれで終わり、店はいつものように動き始めた。

数日後のことだった。
シミズが僕のもとへやってくると店を辞めるという。

「寒い思いして働きたくないんで上がらせてください」

そう言われれば、こちらに引きとめる術は無い。
もとより引きとめるつもりも無い。
いつ辞めるのかと尋ねると、できればその日で辞めたいと言う。

店には店の退店規定があって、
一応一週間以前の申し出、ということになっていた。
人員補充の都合もあるからだ。

けれど、僕としては一ディーラーならともかく
辞めたがっている黒服を現場に出すのが嫌で
僕は給与を日割り計算で支給することだけ伝えて
その日の退店を認めた。

幸い代わりの人間もすぐ見付かった。
黒服としてのシミズがいなくなったのは痛いことは痛かったが
店の存続に関わるほどの人材ではないわけで
代わりが来ればそれなりに穴は埋まった。

そして、シミズが店のすぐ近くに出来た
(道路を挟んで斜め向かいのビルだった)
別の店に移ったというのも間もなく耳に入ってきた。
どうやら責任者クラスの待遇で入ったらしく、人集めに奔走しているようだった。

なぜそれが分かったかと言うと、
シミズが何人かのディーラーに引き抜きのモーションをかけたからだ。

「そこはそろそろ危ないからこっちに移ってこいよ」

そんなことをまことしやかに囁いて、
シミズは僕の店で働くディーラーに声をかけたらしい。
実際に、2人ばかりそれで店を移った。

思ったより少なかったのは
その動きを僕に教えてくれるディーラーがいたからだ。
僕がずいぶん可愛がっていたディーラーだったけれど
彼は、休憩室で他のディーラーがいる前でわざとそれを教えてくれた。

「なんかシミズさんがこんな話振ってきたんですけど知ってます?」

そう言われれば、僕としてはすぐに反応せざるを得ない。

「なんだそりゃ。引き抜きとかしてくるのか」

特に怒って見せる必要は無い。
引き抜きの動きが店の責任者クラスの耳に入る、
これが引き抜く側に伝わるだけで、まずその動きは止まる。

アングラの業界でもそれはご法度だからだ。
こじれればそれなりに大変なことになる。
それでも移りたいというディーラーはしょうがないが
そこまでして移る者もあまりいない。

新規オープンのカジノが安定するのが大変であることくらいは
末端のディーラーでも知っているからだ。
店が潰れてしまえば、安全も何も仕事そのものが無くなる。

そうしてしばらくの間、平穏な日々が続いた。
店が摘発されることもなく、噂も次第に消えていった。

そんなある日のことだった。

僕は客のところへ顔を出しに行った。
いわゆる「営業」というやつで、客の経営する店などに顔を出して金を使い
客に自分の店に遊びに来て貰うのだ。

帰りがけに、店の近くで煙草を吸いながらしばらく佇む。
誰か知っている客が通らないかというのもあるし
何となく、街の雰囲気を知るというのも大事なことだ。

景気が良さそうだとか、何が流行っているのかとか
知っていて損の無いことは街中にも山ほどある。

そして僕は、ビルの陰の目立たないところに立っている
二人連れの男に気づいた。
彼らは、歌舞伎町の住人とは明らかに違う雰囲気を纏っていた。

目付き、服装、履いている靴・・・
僕はそれが私服刑事であることをすぐに察した。
思わず足を止めた僕の脇から、冷たい汗が流れた。

私服刑事も極道も、雰囲気自体はあまり変わらない。
どちらも、僕らのような人間とは明らかに異質の人間だ。
けれど、彼らを分ける決定的な違いがある。

地回りの極道は、縄張りの中で目立たないように振舞うことは絶対にない。
いわば目立つのが彼らの仕事であり、飯の種なのだ。
ビルの陰に隠れるように立つことなどまずありえない。

彼らは僕の店のあるビルの隣のビルの物陰に立ち、
やや斜め前方を何事か会話をしながらじっと見ている。

どこを見ているんだろう・・・

僕は自然を装いながら、遠目に私服刑事を観察する。
どこを見ていたかははっきりとは確認できなかったけれど
程なくして彼らはそのまま立ち去って
僕は、彼らが見ていたのが自分の店ではなさそうなことに少し安堵した。

もしかしたら、何かの事件の捜査だったのかな・・・

僕はそんなことを思いながら店に戻り
そのまま半月ほどが経過した。
緊張感は失われてはいなかったけれど
言ってみればそんなことをいちいち気にしてなどいられないのだ。

そしてある日、店の上のフロアにある事務所兼モニター部屋に入り
僕は何気なく窓を開けて外を見下ろした。

様々な人々がひっきりなしに行きかい、
タクシーが誰かを乗せ、誰かを降ろす。
良く見かけるキャバクラのキャッチや客引き。
僕の店のシキテンもいたし、シミズの店のシキテンもいた。
いつもと変わらない、歌舞伎町の風景がそこにはあった。

その時だった。

電柱に寄りかかりながら携帯で話しているように見えた男が
突然走り出して誰かを羽交い絞めにして怒鳴った。
すぐ近くから、別の男が口々に何かを怒鳴りながら数人走り出てきた。
一人は筒のようなものを抱えている。

そして男たちはあるビルの入り口に走り寄った。
そのビルは、1階から上のテナントはエレベーターホールから入り
地下のテナントは独立した入り口を持っている作りになっていた。
確か、ドアを開けるとすぐ階段になっていて、
そこから下に降りていくようになっているはずだった。

そう、僕がそれを知っているのは
そこに入っているテナントがカジノだったからで
現在はシミズの店だったからだった。

羽交い絞めにされていたのはシミズの店のシキテンで
内部に連絡を取れないようにインカムなどは取り上げられていた。
そして、筒に見えた物は金属用のガンカッターで
男がそれを鉄扉の隙間に差し込んだ直後、

ガチン!

という金属音がして、すぐに男が扉を開き
いつの間にか数十人になっていた捜査員が突入していった。
わずか数十秒の間の出来事だった。

捜査員の突入というのは一瞬が勝負で
摘発の際に一番問題になるのもそこだ。
賭博開帳などは現行犯での摘発が通常なので
長引いては証拠自体が隠滅されてしまうからだ。

だから彼らは、摘発対象になる物件を徹底的に調べる。
裏口の有無、扉の素材、監視カメラの数や角度。

ガンカッターも使えないようなカバー付きの鉄扉であれば
彼らは今度は壁をぶち破る。
別の摘発の際に入り口横の壁をぶち破ったことがあって
捜査が終わった後に見に行ったら、入り口の横に大きな穴が空いていた。

物件の大家にしてみればとんだ災難だけれど
それに文句を言ったり弁償を求める者はいない。
そんなことをしたら、自分も幇助で引っ張られかねない。

アングラカジノと知っていてテナントを貸せば、当然それは幇助に問われる。
だから、カジノでもいいから貸したいと考える大家は
間にクッションになるダミーの借主を挟むのが普通だ。

ダミーになる借主はもちろん、又貸しの形を取るのだけれど
まさか又貸しした相手がカジノをやるなんて思わなかったと主張するし
そういう主張に沿った契約書を作成しておく。

けれど、それはあくまで建前の話であって
それを通すかどうかは言ってしまえば警察の腹一つだ。
カジノに貸しておきながら弁償を言ってくる大家のビルなど
徹底的に締め付けて閑古鳥が鳴くようにしてしまうことだって簡単だ。
どうせ他の物件だってろくな店子などいないのだ。

だから警察はそんなことお構い無しに穴をぶち開けるし、
必要であれば、あさま山荘事件で使ったような
大きな鉄球だって彼らは用意するだろう。

扉が開いて、捜査員が数十人突入していった後、
僕はしばらく呆然としながらその様子を眺めていたのだけれど
ふと我に返って自分の店の対応に移った。

客に事情を説明してゲームを切り上げてもらい
その日はそのまま閉めるように指示を出した。

摘発の時くらいおとなしくしていないと
今度は自分の店に目を付けられたら困るという心理と
なかなか落ち着いて仕事も出来ないという心理があるのだ。

もちろんそれは客も同じで、
落ち着いて遊べないからか、文句を言う者はいない。

中には「むしろ今が一番安全だろ」などと冗談交じりに言う者もいるが
店が閉めること自体に不満を言うことはあまりない。
歌舞伎町じゃなくても、他の街にもカジノはいくらでもあるから
どうしても博打を打ちたければ、他の街に行けば済むことだからだ。

その時も、ものの10分ほどで客は全て外に出て
従業員も三々五々帰宅し始めた。

それを確認してから僕は、ビルの外に出て
シミズの店の側まで行ってみた。

アングラカジノが摘発されてから
捜査や押収品の搬出が終わるまで
だいたい2,3時間はかかるのが普通だ。

客も従業員も被疑者として
首から日時などを書き込んだ札を下げ
三方向から写真を撮られてから
腰縄を付けられて護送車などに乗り込まされる。

ただし、その時にテーブルに着いていたディーラーや
キャッシャー、黒服、名義人などの重要な容疑者は
チップやカードなどを指差した写真も撮られるために
客や下っ端の従業員よりは出てくるのが遅くなることが多い。

僕が店の側まで行った時は
まだ誰も連行されて出てきてはいなかったが
物々しい雰囲気に野次馬があちこちから集まってきていた。

そして、捜査員が大きな声で野次馬を散らしているうちに
大型の護送車がビルの前に横付けされ、
捜査員が一人ずつ付いて被疑者たちが連行されて乗り込んでいく。
客の場合は、たいてい罰金刑で済むこともあってか
参ったなぁという程度の表情であることが多い。

逆に従業員の場合、ほとんどの者は、俯き加減で出てくる。
中には虚勢を張ってなのか薄笑いなどを浮かべている者もいる。
僕の店に在籍していたディーラーも中に混じっていた

野次馬が一番盛り上がるのはこの瞬間だ。
知り合いがいないかと心配する者も中にはいるだろうが
ほとんどは、他人の不幸を嘲り笑うことで
自分の立っている地面の確かさをもう一度確認する。

そして、護送車が走り去る。
彼らは、都内のあちこちの留置場に分散して入れられ
それぞれ取調べを受けることになる。

それから、押収品が搬出されてくる。
トラックが横付けされて、体格の良い捜査員たちが
軍手を嵌めてバカラテーブルやルーレットのウィールなどを運び出してくる。
かなり重い物のはずだけれど、彼らはさほど苦労しているようには見えない。
あっという間にそれは終わり、トラックが走り去る。

もうこの頃には野次馬はほとんど残っていない。
残っているのはだいたい僕ら同業かゲーム屋などの似た仕事、
あるいは地回りの人間だ。
先ほどまで大声で野次馬を散らしていた警官ももうおらず
僕らはビルのほとんど真横まで近寄ることが出来る。

そして最後に、白いバンがビルの前に停まる。
運転していた男が、店の中に入っていき
しばらくすると、また数人の人間が出てきた。

彼らは腰縄だけではなく、手錠を掛けられている。
名義人やキャッシャーなどの重要被疑者だ。

そしてその中に、シミズがいた。
おそらく責任者クラスとして捕らえられたのだろう。

シミズは、やや斜め下を見ながら出てきたのだけれど
バンに乗り込む寸前に、顔を上げて周囲を見渡した。
特に何かを見るというよりは
ただ辺りを見渡す、そんな感じの動作だったけれど
その視線がシミズをじっと見ている僕の視線と重なった。

その刹那。

シミズはなんとも言えない微妙な表情を浮かべて、下を向いた。
屈辱と羞恥と哀愁の入り混じった、そんな複雑な表情だった。

流れ弾は、臆病者に当たるんだ。

そう言って、かつて反目に回ったシミズを笑うこともできただろう。
けれど、僕にはどうしてもそれが出来なかった。

シミズを乗せた車が走り去り、今度は完全に誰もいなくなった。
直前までここで行われていた摘発劇のことなど誰も覚えていないかのように、
いつもと同じ街の風景がそこには広がっていた。

シミズの表情を思い浮かべながら
僕は、自分の車に乗り込んで、家へと向かった。
いつか僕も、あの立場になるかもしれない、
そう思うと、無性に憂鬱になった。

そして僕は、それを振り払うように
携帯電話を取り出して、明日の開店準備の指示を従業員に廻し、
常連客に営業電話をかけ続けた。

その時の僕には、そうするしか出来なかったから。

たとえいつか、その日が来るとしても
それが、当時の僕の唯一の生きる術だったから。
スポンサーサイト

Home

プロフィール

omoteura

Author:omoteura
天鳳で日夜遊ぶ柏レイソルサポーター。

天鳳(鳳凰卓東風戦)の段位は現在八段。

tenhou_prof_20100117.jpg

アングラ小説はリンクから。
Twitter=@foolishowl0425

最新記事

最新コメント

最新トラックバック

カレンダー

07 | 2017/08 | 09
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -

月別アーカイブ

カテゴリ

リンク

検索フォーム

RSSリンクの表示

QRコード

QRコード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。