Polyhedron

フットボールと天鳳と、時々アンダーグラウンド。

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オカルトを考える

九段に上がってからも好調は続いているようで
瞬間最大Rも2300を超えた。

Rなんて飾りですよエライ人にはそれがわからんのです、
とまではいかないまでも
Rは直近の調子の良し悪しを見る指標に過ぎないとは思っているのだけれど
それでもランキングの上に自分の名前が載っているのを見るのはいい気分ではある。

もちろんこれは運がいいだけだ。
怖くないお運だけ乙と言われてもまぁ仕方があるまい。

成績の振れ幅を大きくする、という意識の下で
少し打ち方を変えた部分はあるにせよ
それが原因で勝っているわけではなくて
勝っていること自体はただの運に過ぎない。

運がいいときにたくさん勝てるようにしている「つもり」でいるだけだ。

問題はこの好調の波が終わったときだ。

リーチをかければ高い確率でツモれて
仕掛ければ急所を食い取ってしまう。
ラス目に落ちても逆転の手が入る。

こんないい状態はいつまでもは続かない。
いつか不調の波がやってきて
そしてまたいつか好調の波がやってくる。
これも一つの塞翁が馬だ。

とはいえ、振れ幅を大きくと言っても
できれば下方面にはあまり大きく振りたくはないわけで
そこで一つのテーマが発生する。

不調の時、あるいは不調だと感じた時に
打ち方を変えるべきか、というテーマだ。

同じようにリーチをかけたり仕掛けたり、
同じような押し引きで打っていれば
それはおそらく調子の波そのままに成績も上下する。

調子が悪い、ついてないと思ったら
そういった基準を変えてみるのは可能なのだろうか。

そしていつか
調子がいいと感じたら
またそれを変えることは可能なのだろうか。

そう。

要するにこれがオカルトの生まれる原因なのだ。

自分なりの経験則や感覚で
運の良し悪しを判断し基準に取り入れようとすると
それは必然的にオカルトになる。

具合の悪いことに、僕らのようなキャリアの長い雀士は
そういう経験だけはたくさんしているわけだ。

仮に自分なりにそれを判断し変えてみて
それが上手くいったところで
それは実力を何一つ証明していない。

体系化もできなければ立証も出来ない
ただの結果論に過ぎないからだ。

常にそれで上手くいく、
あるいは不確定な未来を確率以上の精度で当てることができる、
そうで無い限り戦術としては使い物にはならない。

「この場面ではABCの3つが打牌候補に挙げられるけれど
好調の時期はA、不調の時期はB、どちらとも言えない時はCを選ぶべき。
今は~~という理由で不調の時期から好調期に入ったと判断できるからAを選択」

こう言って検証可能な結果を伴わせないと意味が無いし
それを出来ている人を僕は見たことが無い。

「運」「流れ」という曖昧模糊とした言葉を
賢しらに使ってはいるだけで何の説明にもなっていない解説を
今まで僕は何度聞いただろうか。

おそらくは、運の良し悪しのような神の領域には踏み込んだりせずに
自分で作り上げた基準に従って
成績を上昇させ下降させるのが打ち手としての正しいあり方だ。

自分の基準の正しさ、優位性は長期の成績で示すしかないし
その過程で運が悪い時も必死でもがき苦しみながら同じ基準で打ち続けようとする、
その方が美しいとさえ、僕は個人的には思う。

それでも。

いつか調子が悪いなと実感した時に
そのアンタッチャブルな毒入りの果実に
手を出してしまいそうな自分がいる。

ああ、それにしても僕は何てゲームを。


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Author:omoteura
天鳳で日夜遊ぶ柏レイソルサポーター。

天鳳(鳳凰卓東風戦)の段位は現在八段。

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