Polyhedron

フットボールと天鳳と、時々アンダーグラウンド。

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The Outcasts 外伝~Strange incidents

仕事を整理しだして
各方面に連絡や挨拶をしていると
今後の話にどうしてもなってくる。

「辞めて何をするの?」
「何か計画があるの?」

あまり大々的には言うつもりもないのだけれど
仕事でつながりのある相手だから
年代も僕とそう離れてはいないわけで
どうしてもそのあたりの話は避けて通れない。

「田舎に引っ込んでひっそり暮らしますよ」

などと半ば冗談のように答えると

「それはうらやましいなぁ」
「自分もそんな生活がしたいもんですよ」

などとお世辞半分で返ってくる。
中には真顔になって

「どうしたらそんな余裕が生まれるんですか」

などと尋ねてくる人もいる。
もちろん、経済的な話で言うと
別にそれほど余裕があるわけではなくて
どうにかやっていけるかな、という程度に過ぎない。

それでも、この年齢で仕事のしがらみから解放されるのは
幸運だったと思わざるを得ない。

アングラの世界から足を洗って
自分で会社を興してどうにか口に糊してきたわけだけれど
最初から順風満帆だったわけではない。

むしろ危うく潰れてしまうところを
どうにか凌いできただけにすぎない。
その危機を凌げたのは僕の能力でもなんでもなく
他人の助けがあったからであり
その人と巡り会ったのはまさに幸運でしかない。

そう、本当にちょっとした幸運で
僕は救われてきたのだ。

成功談のようなものは僕には語れないけれど
僕が比較的珍しい人生を送ってきたのは確かだろうし
このことも書いておこうと思う。

これは創作でもなんでもなくて
単なる経験談でしかないのだけれど。

起業する、というと何やらすごいことのように聞こえるけれど
実際にはまったくそんなことはなくて
いつでも、誰でも会社は作ることができる。

費用だっていくらもかからない。
問題は、興した後にある。

毎年星の数ほどの会社が新しく生まれるけれど
10年後も残る会社は本当にごく一部だ。
統計はどうか知らないけれど、体感では10%以下なのではないかと思う。

資金繰りの狂いや見込み違いなど毎月のように発生するし
それを耐え抜くだけの資金的余裕は
中小企業にはそれほどはない。

別に銀行を悪く言うつもりはないけれど
銀行はそういう点では全く頼りにならない。

例えば2ヶ月後に満期になる手形があったとして
こちらの支払い期日が1ヶ月後に来てしまうとすると
債務超過ではなくても資金ショートを起こしてしまう。

それを避けるためにいわゆるつなぎ融資というものを使うのだけれど
これが本当になかなか貸してもらえない。
手形の割引をしてもらうことも可能だけれど
それは結構嫌がられる上にかなりの損失になる。

結局は自己資金に余裕がないとどうしようもない。
銀行は借りる必要のない相手に貸し
必要がある相手にはなかなか貸さないものなのだ。

僕はそれほど資金繰りを必要とする業種ではなかったけれど
それでもやはり苦労したことは何度もある。
悪意の有無に関わらず、債権が焦げることなど山ほどあるし
急に資金が必要になることだってたくさんある。

もちろん僕にもあった。
それはまさに青天の霹靂とも言うような形で
僕の身に降りかかってきたのだ。

ある休日の晩、携帯電話が鳴る。
見覚えのない、固定電話からの着信だ。
とはいえ名刺にも記載している番号だから
こちらとしては当然出る。

電話の相手は警察だった。

「えーと、有限会社○○の△△さん?
こちらXX署ですけどね、おたくの車が事故を起こしたんですよ。
運転手さんちょっと意識なくてね、確認取れない状況です」

完全にパニックに陥りながらも
詳しい話を聞く。

要するに、自分の会社の車を誰かが運転していて事故を起こし
運転していた人間は意識がない、ということだった。

誰か、というのは正確ではない。
持っていた免許証から名前は判明していたけれど
本人からは返事がないということだ。

それは社員として使っていた人間だということは
ほぼ確実だったのだけれど
車はほぼ全損、本人は胸を強く打って意識がない。
不幸中の幸いとも言えたのは
完全な自損事故であって被害者はいなかったということだけだった。

細かい法的な話は省くけれど
社員が社用車を休日に無断で使用した場合にも
対外的には会社には責任が生じる。
保険でカバーされるものもあればされないものもある。

何より、社員が重傷を負っているわけで
そちらも何とかしないといけない。
幸いにして一命は取り留めたのだけれど
事後処理には本当に苦労した。

仕事の面での穴埋めもそうだし
車が全損でなくなった以上、しばらくはリースやレンタカーで対応するとしても
いずれは新たに用意しないといけない。

減価償却も全く済んでいない状況で
さらにもう一台車を用意するのは
資金的には決して楽ではなかった。

原則としては事故を起こした本人に求償できるのだけれど
怪我も癒えていないうちからそんな話はできない。

要するにいきなり金策に走り回らないといけない状況になったわけだ。
具合の悪いことに、別の理由で取引先からの入金も遅れることになってしまった。
金は無いところからは取れないので、
少し待ってくれと言われたら待つしかない。
待たずに債権の保全ができるのはそれこそ担保を取っている銀行だけだ。

正直に言って、このダブルパンチはかなり堪えた。
そして僕は、新宿のサトコの店に行き
そんなこんなを愚痴った。

あまり愚痴を言うのは好きではないのだけれど
愚痴らないわけにはいかなかったのだ。

「俺どうしたらいいんですかね。
せっかく何とか軌道に乗りかけたところだったのに
これでぽしゃっちまうのかなぁ」

当時の僕はそこまで先のことを見て生きてはいなかったから
もう辞めてしまってもいいかなとさえ思っていた。
だから少し投げやりな物言いをしたのではないかと思う。

サトコは、少し考えてから
僕にこう言った。

「そういう気持ちになるのはわかるわよ。
あたしにもそういう時期や出来事あったもの。
オカマやってくのだって大変なんだから」

「サトコさんそれでどうしたんですか?」

「まぁあんたが信じるかはわからないけどね、
死にたくなるくらい悩んだ時にある人に見てもらったのよ。
あたしこの先どうしたらいいですかってね。
それで今があるようなもんよ」

「それってカウンセラーみたいなものですか?」

僕はそう尋ねた。

「カウンセラーではないわね。
その人はただ相手の未来を見るの」

「占いみたいなもの?」

僕は占いというものを基本的に信じていない。
当たるも八卦というやつで
どうとでも取れるようなことしか言わないからだ。

がしかし、彼女はきっぱりと断言した。

「大きく分類するなら占いに近いかしらね。
でも全然違う。
その辺の占い師みたいに、そんなどうとでも取れるようなことは言わないの。

あなたはこうなるから、こうしてるからってはっきり言ってくれるし
それは本当にそうなるの。
あんた知らないでしょうけどその世界ではもう完全にカリスマね。
かなり大きな会社の社長さんだって頼ってる人はたくさんいるから」

占いは信じない、と僕は今書いた。
けれど同時に、僕は信じるに足ると判断した相手の言うことは
それがどのようなものであれ、信じることにしている。

サトコがそう言うなら、それはそうなのだ。
彼女たちの人脈には時折驚くような大物がいることを知っていたのも
それに拍車をかけたのも事実だった。

「そんなすごい人がいるんですか。
俺も見てもらいたいくらいですよ」

僕がそう言うと、彼女は少し考えてからこう言った。

「あんたが本当に必要としてるなら紹介してあげる」

そして僕はそのSという人物に会ったのだ。

ある日、サトコに連れられて、僕はとあるラウンジに向かった。
Sは外見だけで言えばそんな「特別な力を持った」人間には見えない。
がしかし、やはり物言いや雰囲気には
こちらが気圧されるものがあるのも事実だった。

あちらに飛び、こちらに戻りする散漫な僕の話をひとしきり聞いてからSは言った。

「わかりました。
ではあなたのことを見させてもらいます。
何日かしたらこちらから連絡します」

サトコからあらかじめ聞いていた通り
その日には結果は言ってもらえない。
しかるべき時間としかるべき手順を費やして
それから改めて依頼者(僕のことだ)に話をする。

それがSの流儀だった。

数日後、Sから連絡が入り、僕は再び同じラウンジへ
今度は一人で向かった。
Sの指示通り、社員の写真を持って。

Sの前に座り、挨拶もそこそこに僕は切り出す。

「あの、それで見てもらえたんでしょうか?」

Sは頷きつつもそれには答えなかった。

「その前に社員さんの写真、見せてもらえますか」

僕は写真を取り出してSに渡す。
Sは一つ一つ眺めて、その中の1枚を指差してこう言った。

「ああ、この人だ。あのね、この人も来年事故する」

Sが指差した写真を見て僕は驚いた。
その写真に写っていた社員こそ、いつも車を使っている人間だったからだ。
僕が運転するか、その写真の社員が運転するか
あるいは今回既に事故を起こした者がするか。

それほど社員の数は多くないとは言え、
他の人間は事務や経理などを扱っていて車を使うことはまずなかった。

単なる山勘とは思えなかった。
そして何より、当時の僕は
もう一度事故に至った場合、どの意味においても立ち直れそうもなかった。

精神的にも資金的にも。

「それは避けられないんですか?」

僕は恐る恐る尋ねた。
避けられるものなら何としても避けたい。
自分のためにだけでなく、本人のためにもだ。

「避けられないことはないよ。
今商売止めてしまえば事故も何もない。
でも、商売を続けようと思うなら、ちょっと動かないといけない」

「動く?」

Sが言う動くということが何なのか、
その時には分かってはいなかったけれど
僕は言われたことをしようと既に思っていた。

「その前にね、ちょっと車出してくれる?」

Sに言われるまま、僕は車を用意し、
Sを乗せて走り出した。

Sの指示は、とにかく僕が走ったことのある道を走れということだった。

助手席で無言のままのS。
ラジオを付けようとした時にだけ、Sは首を振って拒否した。

「いや、音は立てないで」

そして僕は都内をひたすら走り続けた。
昭和通り、明治通り、靖国通り、246、第一京浜・・・
東京で走ったことのない道の方が僕は少ない。

日が暮れて、夜になってもまだ走った。

一度満タンにしたガソリンも尽きかけて、運転にも疲れてきた時、
僕らはある場所に通りがかった。

不忍通りのとある交差点だった。

「あ、ここだ」

不意にSがつぶやく。

「?」

「停めて」

Sに言われるがまま、僕は車を停める。
Sは車を降りて、路側帯を歩き出す。

そこは緩やかな谷のようになっていて、坂を下りきったところに信号がある。
道の両脇にはガードレールがあり、
建物の出入り口だけガードレールに切れ目が作られている。

信号から少し手前のガードレールの切れ目でSは立ち止まって言った。
その言葉を、僕は生涯忘れないだろう。
それはほとんどもう、戦慄に近い衝撃を僕に与えたのだ。

「ここであなた、昔事故起こしかけてるね」

その通りだった。

何年前のことだろうか。
まだ学生の当時のことだった。

僕は学校から帰る途中で、ずいぶん飛ばしていたと思う。
何に急いでいたのかは覚えていないけれど
焦っていたことだけは事実だった。

下り坂に差し掛かって、坂の下にある信号が目に入る。
歩行者信号がちょうど赤に変わるところだった。

(もうすぐ黄色になる・・でも急げば行けるだろう)

そう思って僕はブレーキではなくアクセルを踏んだ。

その瞬間、前を走る車が思いがけず停車した。
黄色になった瞬間で、普通であればそのまま行く車の方が多いだろう。
僕もそう予想して自分の車も行けると思ったのだ。

慌てて急ブレーキをかける。
けれどもともと下り坂を走っているのだ。
そうすぐには止まれるはずがない。

甲高い音を立ててタイヤが鳴る。

(止まれない!ぶつかる!!)

パニックに陥りかけながらも
僕はとっさにハンドルを左に切った。

追突するよりもガードレールに突っ込む方がましだと思ったのだ。

衝撃に備えて身を固める。
ところが来るはずの衝撃は来なかった。

そう、僕の車は、ちょうどガードレールが切れている部分に
斜めに突っ込んでいたのだ。

気づいた時、前方の車は、僕の車の真横に停まっていて
やがて信号が変わり、何事もなかったかのように走り去っていった。
僕だけがその場に残されて、しばらく僕は動くことはもちろん、
呼吸することさえできず、ほとんど放心したかのようにその場にいた。

その時のことを、僕は誰にも話したことはなかったのだけれど
実を言うと、そのショックはしばらく僕の中に残り、
僕は夢の中で、ブレーキをかけようとしているのに
車が停まってくれないという悪夢を何度も味わっていた。

「・・・はい。事故りかけたことあります」

僕がそう答えるとSは頷いて

「そうだろうね。ここがあなたにとって清めないといけない場所。
それからあなたの周りに何かがある。
それも何とかしないといけない」

そう言った。

そしてSは後日、僕の家に来て
それこそ隅から隅まで見て回り、
物置の奥からガラスだか水晶だかの置物を見つけて
押入れの中から、得体の知れない革細工のキーホルダーを見つけた。

Sはただそれを「処分しないといけない物」とだけ言った。
僕もそれ以上のことは訊かなかった。

Sが言うには、世界には「しかるべき場所」がいくつかあって
そのうちのどこかでこれを処分しないといけないとのことだった。
日本にもあるし、外国にもいくつもあるけれど
そのうちのどこかはもちろんその物ごとに違う。

そこに行く費用はもちろん僕が負担した。
決して安い費用ではなかったけれど
僕は仲が良いとは言えなかった両親に頭を下げてそれを工面した。

不忍通りのその交差点は
僕がSの指示に沿って
とある滝に行ってポリタンクいくつかに水を汲んで、その水を巻いて清めた。

奇しくも、ではないのだろう。
その滝は珍名に分類される僕の苗字と、同じ名前の滝だった。

山奥の訪れる人もほとんどいないような滝に
僕はあちこち蚊に食われながら登り
ポリタンクに満タンの水、つまり20kgの荷物を担いで山を5往復ほどしてきた。

翌年、事故は起きなかった。
そして僕は何とか会社を建て直し、
どうにか今日まで凌いでこれた。

誰にもその話はしなかった。
したところでどうせ信じてはもらえないだろうから。

ただ一人、サトコにだけは顛末を報告した。
彼女は深く頷きながら僕の話を聞いて
最後にこう言った。

「アンタがね、信じたからなのよ。
証拠も何もない話を信じるのは大変。
”もうひとつの未来”はあたしたちには分からないけど
あの人が損得で動いているわけじゃないことくらいは分かるわよね。
それを信じられるかどうかなのよ」

経営やビジネスが合理的な理屈だけで動いていると考える人にとっては
僕の行動は愚か以外の何でもないだろう。

けれど実際にはそういった”説明のできない何か”を信じて動く人は多いし
それはどんな大きな企業の長であっても同じなのだ。

それからも僕は時々Sに会った。
もう何かを変えようとかいう願いはなかったのだけれど
Sが不思議と僕を気に入り、僕にどうしているか連絡してきたのだ。

「何も言わないってことは大きな問題はないってことだから」

そんな風に言われて僕はやはり安心できた。

実際にSと会っている時に、
何度かTVで見るようなとんでもない大物
(・・IT業界、芸能界が多かった)と偶然出くわして
その大物がSに平身低頭せんばかりの挨拶をしているのを見て
この人がなぜ僕に構ってくれたのか不思議でさえあった。

彼らは多額の謝礼を出してでも
Sの「言葉」を聴きたがっていたからだ。

「そんなのほっとけばいい。
見る見ないはこちらが決めるんだから。
もし誰か本当に困っていたり必要としている人がいたら連れてくればいい。
見てもいいと思ったら見てあげるから」

Sは笑いながらそう言うだけで
僕にその疑問の答えは教えてくれなかった。

とはいえ僕は、他の誰かをSに紹介したことはない。
ほとんどの人にとってそれは荒唐無稽の与太話に近いもので
真面目に話せば狂人かと思われかねない。
信じてもらおうとも思わないからそれは構わないのだけれど。

ただ自分がこうしてアングラの世界を抜け、今まで何とか生きてこられて
この先も何とかやっていけそうだということに感謝はしているし
誰か近しい人が本当に困っていたら紹介してもいいかなとは思っている。

だんだんと年齢を重ねるにつれて
選択の重みというのは増していく。
その時に信頼のおけるアドバイスがあるかないかだけで違うものだから。

そしてたぶん、それがサトコへの恩返しでもあるだろうから。


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